|
|
内燃機関用の燃料気化器(キャブレター)というものは、ハンガリーの技術者ドナ・バンキ(Donat Banki)によって1893年に発明されたと言われています。 エンジンの吸気にいつも適正な量の燃料を混ぜる為に吸気をパイプ状の通路を流れるようにして、そこに生まれる負圧をパイプの一部を絞ったベンチュリと呼ばれる部分でさらに強め、流速に応じて増減するその負圧の大小に比例した量の燃料を吸気中に吸わせるというこの技術は、特にガソリンを燃料とするピストンエンジンとともに100年以上も用いられてきました。
スタンダード社のシャシーとエンジンを使ったスワローサイドカー時代を経て、世界最速の大量生産車として自製のXKエンジンをつんでデビューしたXK120から、ジャガーは数あるキャブレターメーカーのなかからSUを選び、2.4LのMk−Iにソレックス、後にストロンバーグのキャブも燃料噴射を採用するまで生産車に使用しました。 その一方で、レース用には当初SUを装着してXK120Cとしてデビューし、1953年のルマン24時間レースに1位、2位、4位でフィニッシュした頃のCタイプから、イタリアのウェバーを好んで用いました。
ウェバーには、DAF, DCD, DCNF, DCO3, DCO/SP, DCOE, DFA, DFAV, DFD, DFE, DFM, DFT, DFTA, DFV, DGAS, DGAV, DGV, DIF, IDA, IDAP, IDF, IDS, IDT, IDTPといったモデル名で表される、ダウンドラフト(下向き吸気)、サイドドラフト(横向き吸気)、ツインチョーク(キャブ一基にベンチュリ2つ)、トリプルチョーク(ベンチュリ3つ)など、数えきれない程の種類がありますが、1953年のルマン優勝時に使われた45DCOEモデルがジャガーのレース用XKエンジンのキャブとして代表的なものです。 イタリアのボローニャにあったウェバー社は、かなり前に、イグニッションやフェラーリF1のエンジンマネジメントシステムで有名なマレリ(Magneti Marelli)に吸収され、生産はスペインのプロメク(Promek)に委託されていましたが、最近になってウェバーの商標を含め、所有権がすべてプロメクに移管されたようです。
|
|
注1 排気管は前3気筒分と後ろ3気筒分をエグゾーストマニホールドでまとめるのが一般的なのに、なぜ吸気側は直列6気筒エンジン用にウェバーはツインチョークを3つ使うことが多く、トリプルチョーク2つが使われることがほとんどないのか、私も疑問に思いますが、これは圧倒的に数の多い4気筒エンジンのためにツインチョークの生産台数が比較にならないほど多かったこと、そのためウェバーファクトリーの開発努力がツインチョークに集中し、コストもツインチョークを3つ使ったほうが同じDCOシリーズのトリプルチョーク2つより安かったことが理由のようです。 より開発の進んだ製品がより安く手に入る訳ですから、あたりまえとも言えるのかもしれません。 ダウンドラフトのIDシリーズは、ポルシェ911の水平対向6気筒エンジン用にトリプルチョークモデルの開発が非常に進んだと聞いたことがあります。
|
|
レースなどのイベント用にXKエンジンからより高い性能を引き出す為に、現在でもウェバーが使われることが頻繁にあり、またあまりにもその優秀性が知れ渡っている為に、素人にはいじれないとかいろいろな神話が喧伝されているようなので、ここではなるべくわかりやすく基本的なセットアップの方法を紹介します。 基本的なセットアップさえ間違わなければ少なくともエンジンはかかりますから、あとはプロに任せるも良し、時間をかけてカットアンドトライでチューニングを楽しむも良し、車検時に使う排気ガスアナライザーや最近手に入りやすくなってきた空燃比計とシャシーダイノさえ使えれば素人にだって完璧に近いチューニングも可能です。
DCOEとDCO/SPは4気筒エンジンに2基、6気筒エンジンに3基装着すると、バルブオーバーラップの大きなレース用カムシャフトと抜群の相性を示して驚異的な性能を発揮させることで有名になったレース界で最大のヒット作といわれるサイドドラフト、ツインチョークのモデルで、メインベンチュリ(下図の22)、補助ベンチュリ(17)、ジェット類やエマルジョンチューブなど、チューニングに必要なパーツを簡単に交換できるように設計されています。
長い年月にわたって生産されている為に、同じ45DCOEにも細部の異なったいくつもの種類がありますが、交換部品の互換性は(イタリアの製品には珍しく?)かなり厳密に保たれています。 45DCOEの45は口径をミリで表したものですが、実際にはキャブ本体のバレルボアは48mmほどあり、そこに内径約45.7mm(この数値が45.0mmでない為に、キャブ内径をクラスレギュレーションで定めたレースで大問題になったことも昔あったそうです)外径47.7mmほどのパイプの中心に外径15-6mmほどの小さなベンチュリチューブを持って二重筒構造になった補助ベンチュリと、下表に示すような、さまざまな内径のメインベンチュリを挿入して使用されます。 メインベンチュリも外側(トランペット側)の外径はだいたい47.7mmで、エンジンに装着されたままロックボルト(28)をゆるめるだけで、キャブの中から簡単に出し入れすることができますが、古いウェバーの場合には錆びで固着したり、熱で変形し、抜くのに苦労することもあります。
ロックボルトはチョークチューブと補助ベンチュリ用に各一本、キャブに計4本ありますが、下から上に向かってねじこまれている為にウェバーにたくさん使われているネジ類のなかで一番ゆるんで落ちてしまう可能性が高いので注意が必要です。 図の24の左がゆるみ止めのロッキングタブですが、古いウェバーからはこの部品がとうの昔に無くなっているケースが多いようです。 40DCOEにはこのロックボルトがないのが一般的で、リテイニングタブ(21)によって固定されているインテークトランペット(18)が外側から補助ベンチュリを押さえ、補助ベンチュリがメインベンチュリを押さえる構造になっていたり、スロットルポジションセンサーがついていたりするエミッション対応モデルなどには補助ベンチュリだけにロックボルトがついているものもあります。
|
キャブ |
メインベンチュリサイズ |
40DCOE |
26-36mm |
45DCOE |
28-40mm |
48DCO/SP |
34-48mm |
50DCO/SP |
34-48mm |
55DCO/SP |
34-48mm |
メインベンチュリはチョークチューブとも呼ばれ、この内径によってある吸気の流量における流速が決まります。 キャブレターは流速によって生まれる負圧で燃料を供給するので、小排気量のエンジンに大きなベンチュリを持つキャブを使うと吸気の流速が下がりすぎてしまって負圧が足りず、どんなに調整をしてもまともにアイドルすらしなくなることもあります。 しかしながら基本的に「出力は吸気の量に応じて上がる」ので、高回転で吸気の抵抗となって流量が制限されないようなるべく大きく、しかも大きすぎない適正なメインベンチュリサイズを選ぶのが、まず第一歩です。 最近は40DCOEで28から36mm、45DCOEで30から40mmだけが在庫サイズになっているようです。 45DCOE用には一時期41mmのチョークチューブが生産されたこともありますが、今では生産されていません。 あまりにもベンチュリの絞りが足りなくなるため(後述)かもしれません。
|
|
注2 作動原理の違うSUやCRキャブは、流量の少ない低速時にベンチュリの有効面積をピストンによってせまくして、なるべく一定の流速を保つように設計されています。 この原理は一定流速(Constant Velocity)、あるいは一定負圧式(Constant Vacuum)と呼ばれ、エンジンの回転数に応じて流速の変わる固定ベンチュリサイズ方式のDCOシリーズウェバーとは対極にある考え方です。 この為SUは回転数という非常に大きな変化要因に対して空燃比の補正を加える必要が少なく単純な構造で、高回転エンジン用に大きな口径のキャブも使用し易いのですが、ピストンが流路をせまくした時の流路の形がカメラの絞りやシャッターのようにきれいな円形に近くならず、横から見た絞り断面も翼形からほど遠くなるので、中低速時の吸入抵抗が増し、レース用にはエンジニアに嫌われる傾向にありました。 しかし、レース用インジェクションには穴の開いた板をスライドさせるスライドスロットルもあり、中低速域の吸入抵抗はある程度無視するという考え方があります。 またSUにはキャブを2つくっつけたような格好の良いツインチョークモデルもあったので、レース用に使う一定流速式のキャブは私にとって興味ある課題です。 「SUは極低速でピストンが上下振動を起こすので、各気筒に1基づつは使えない」という主張は聞いたことがあるのですが、そう主張する技術者を見つけ「ではなぜもっと脈動を減らす為に1番と4番、2番と3番をつないだマニホールドを持つツインSU4気筒エンジンが生産されたことがないのか?」と聞いてみたくてなりません。 そんな車をご存知の方がいらっしゃれば、ぜひ教えてください。 アフターマーケットの、1番と3番、2番と4番をつないだマニホールド(これは脈動の点で1番と2番、3番と4番をつなぐのと変わりありません)の広告を見たことはあります。
|
|
注3 「このエンジンにはこのキャブは大きすぎる」とは良く使われる表現ですが、DCOEウェバーの場合にはチョークチューブを交換することが簡単にできるので、1,000ccの4気筒エンジンに、普通はもっと大きなエンジン用に使われる45DCOEを2基使うことも十分に可能です。 これは段階的にいろいろなパーツを交換することによって少しずつパワーアップを図りたいアマチュアレーサーにとっては非常に大きな利点で、最初に少し大きめの本体のキャブ(バレル)サイズさえ選んでおけばキャブ本体を買い換える必要が激減します。
|
|
注4 最高回転数近くでは幾何級数的に増加する機械損失や、吸気、排気の抵抗などを無視すれば、エンジンの出力はシリンダー内の爆発の回数に比例し、2倍の回転数では2倍の出力になります。 2ストロークエンジンが同じ排気量で4ストロークより大きな出力を出せるのは、エンジン2回転に1回しか爆発しない4ストロークに対して、エンジン1回転に1回爆発が起こる為です。 4ストロークに対して出力が2倍にならないのは、どうしても吸気と排気が少し混ざってしまい、燃やされずに無駄に排出される混合気を減らそうとするとシリンダー内の酸素が減って燃やすことのできる燃料の量が減少するからで、また、シリンダーウォールに吸気と排気のポート口が開き、ストロークの長さ全部を圧縮や膨張行程に使えないのも不利な点です。
一回の爆発で得られる出力は吸気の量と圧縮比に依存するので、排気量と圧縮比が変わらなければより吸気の抵抗が少なくなるように吸気ポートとベンチュリサイズを大きくするのが有利なわけです。
|
以下の表が1気筒あたりベンチュリ1つ(2気筒あたりDCOE1基)の場合の適正ベンチュリサイズで、ccは1気筒あたりの排気量、rpmはそのエンジンが毎分何回転で最大出力がでるようなカムシャフトを持っているかを表しています。 4.2Lの6気筒エンジンであれば、1気筒は700ccになり、そのエンジンが6,000rpmで最高出力が出るようなカムを使用していたら、適正ベンチュリサイズは42mmというわけです。
|
|
適正ベンチュリサイズ表 (mm)
|
1気筒あたり (c.c) |
r.p.m. |
|
5,000 |
6,000 |
7,000 |
8,000 |
200 |
19 |
21 |
25 |
28 |
300 |
24 |
26 |
31 |
35 |
400 |
28 |
32 |
36 |
41 |
500 |
32 |
36 |
41 |
46 |
600 |
34 |
40 |
45 |
49 |
700 |
35 |
42 |
48 |
53 |
|
注5 逆に言うと、4.2LのXKエンジンに最大ベンチュリサイズ40mmの45DCOEを使いたいのであれば、6,000rpmで最大出力がでるように設計されたカムはホットに過ぎる、と言うこともでき、これが3.8Lと4.2Lのレース用XKエンジンにあまり出力の差がない一つの理由でもあります。 残念なことに「48DCOやSPなど大きすぎる。」と理屈ぬきで信じている人も多いようです。 業者の側にも、多種類の製品をストックしたくないとか、うるさい客は困るとかの事情もあるのかも知れません。 この表をみれば、レース用にチューンされたロータスのフォードツインカムエンジン(1,600cc4気筒、9,000回転以上回るものもある。)にすら、45DCOEが小さすぎるケースもあり得ることが一目瞭然です。
|
さて、最適なチョークサイズが決まったら、次の第二歩がキャブ本体の選定です。 これは非常に単純にチョーク(ベンチュリ)サイズの1.25倍が最善と書いてある文献が多いのですが、ベンチュリの発生する負圧は絞り率に比例し、絞り率は直径ではなく断面積の差によって決まりますから、断面積によって選ぶべきものだと思います。 40DCOEには30mm、45DCOEには34mmのチョークが最善という私の経験値から逆算すると断面積がベンチュリの1.8から2倍になるようなキャブ本体がベンチュリの絞りの点で一番良いということになります。
|
|
注6 使うキャブ本体が決まっていて、それに最善のチョークを使用したい場合には、上表から使用すべきカムシャフトを求めることができるという点に御気づきでしょうか? もっと言わせてもらえれば、45DCOEを一番有利な条件(ベンチュリサイズ34mm)で使用できるのは6,000rpmで最大出力がでるようにチューンされた4気筒であれば約1,800cc、6気筒であれば約2,700cc(あるいは7,800rpm位でピークパワーの出る4気筒1,200cc)のエンジンであることが上表からわかります。 これより1気筒あたりの排気量が大きいエンジンは、もっとマイルドなカムを使わざるを得なくなるか、より大きなベンチュリを使う結果ベンチュリのしぼりが不足気味になって不利になります。 まあこれは私の経験から得た数値を使った計算で、完璧にチューンされたエンジン同士の比較という机上の空論ではあり、またジェット類の選択によってこの負圧の不足を補正することはできる訳ですが・・・。 現代のコンピュータを駆使したエンジン設計でも、ピストンスピード、燃焼室内の火炎伝播速度、常用回転数などを考慮するとガソリンエンジンは1気筒400-500cc前後が一番効率が良いとされているらしいことは面白い一致だと思います。 なお、この計算には前述のキャブ表記サイズが実寸と異なるという点は考慮していません。
|
|
|
注釈であまりにも道草を食ったために今回は情けないことにセットアップのたった第二歩までしか書けませんでしたが、もし要望があれば、また気が向いた時に続きを書きたいと思います。 DCOシリーズをお持ちの方は上部の丸い真鍮のキャップをとめているウィングナット(図の4)をはずし、ジェットとエマルジョンチューブをどれか一本(10,11,13,15あるいは12と16が一本の棒状になっています)刃の厚いマイナスドライバーで反時計方向にまわして抜いてみてください。 いかに簡単に交換できるように作られているか、すぐに実感できると思います。 中途半端な終わり方をして大変申し訳ありません。 今回は「45DCOEは大きすぎる」とは簡単に言えないという説明と思っていただければ幸いです。
|
|